キリタニ100法

アクセスカウンタ

help リーダーに追加 RSS 象のように死にたい…

  作成日時 : 2007/10/02 16:16   >>

トラックバック 0 / コメント 10

『肺に水がたまっているように見えますね…』

唐突にそう言われ言葉を失ってしまった。
『この右の肺の下の部分が丸くなっているでしょう。白くモヤがかかっているようにも見えますし、これは少し水が溜まっているように見えますねぇ…』
医学の知識など持たないが、“肺に水がたまる”という状況が人間の体にとってどのような事態であるのかは理解できる。

『他の数値や結果が出てから精密検査しましょう』

医師の判断はこの人間ドックによる検査結果が全て出揃ってから次の精密検査に移りましょう…というのものであった。こちらも精密検査や入院ということになれば、仕事や生活面においていろいろと準備を整えなければならないこともあるので、その日は処方された抗コレステロール剤の薬を一か月分受け取り、その場を後にした。


その日の夜から、僕は“肺に水がたまる”という状況をネットでいろいろと調べてみた。そうしてその状況が、予想通り決定的に“おもわしくない”状況であることをまざまざと思い知らされた…。

結核ならば逃げ道はある…が調べれば調べるほど、その症状から僕が結核では無いことは明白だった。では同じく問題のある数値が示されていた肝臓から“肺に水”の状況を探ってみると、それは内臓に広く転移してしまったガンか、或いはすでに著しく症状の進んでしまった肝硬変の2つの可能性に行き着いてしまう。

どちらにせよ逃げ道は見つからないのだった。



子供のころ、僕は動物図鑑が大好きだった。

陸上で一番速いのがチーターで110km。二番目がブロングホーン。三番目がガゼルで時速約80km。はじめて100m10秒を切った人間ジム・ハインズは時速36km。約40kmで走るアフリカ象よりも遅いのである。
そして一番長寿なのがゾウガメで170才。次が象で100才。約80才の人間はここでも象に勝てないのだ。

その象は、自身の死期が近づくと、群れから一頭離れ死に場所を探すという。たいていの場合は定まった洞窟のような場所に身を潜めて、そこで自らの息が絶えるのをじっと待つのだという…。


もし自分自身が末期のガンであるとするならば、“死”そのものを受け入れることはさほど難しいことではないような気が僕にはした。
しかし、肺に水がたまり溺死のような苦しみに苛まれながら死んでゆくとするならば、それに立ち向かうだけの勇気や気力は持ち合わせていない。
そこで自分自身がこれまで培ってきたもの、家族との間に築いてきた関係が、病苦や闘病への恐怖や苛立ちの為に“破壊”されてゆくこと、この最後の1シーンの為にそれまでの楽しかった思い出すべてが無意味なものに打ち消されてしまうことだけはどうしても避けたい…と考えた。

だから、もしこれが医学的に逃げ場の無い最終状況であることが確認され、本格的な病苦の訪れがまもなくに迫っているのだとすれば、僕は家族にこれまでの感謝と別れを告げて、ずっと行ってみたいと思っていたインドかネパールの奥地に一人旅立ち、オーバードースか何かでひとおもいに死んでしまいたいと思った。

そしてこれまでもずっと考えてきたように、死んだら鳥の餌になりたい。

これまで僕がさまざまな動物の命を奪って生きてきたように、僕も僕の命を“これから”を生きて行く動物たちの為に少しでも役立てたい。
その為にも鳥葬の風習が未だ残るインドやネパール、或いはチベットにまで流れて、そこで最後を迎えたいと考えた。


僕は単純な人間なのでそこまで覚悟を決めると、気持ちも幾分落ち着き少し楽になった。“肺に水がたまっているようだ”と言われてからの数日間は食欲も無く、眠ることもできず、何もする気が起きずに、ただただネットで自身の病状を推察し、人との接触を避けてきたが、自分の中でそう方針が定まってしまうと、途端にお腹がすき、睡魔に襲われ、そうしてできるだけ“生きる”為の努力をしてみよう…という気になってきたのだった。


そしてそう思い立った翌日の朝、呼吸器内科の専門医がいる総合病院で検査を受けた。すると…

『子供の頃肺炎か何かで起こした小さな癒着は認められますが、水はありませんよ。大丈夫ですよ』…と言われた。



わりあいに繊細だった青春時代、“死にたい”と思ったことは何度かあったが、実際に“死のう”と思ったことなど一度もなかった。要するに実際に自分自身の“死”を意識させられたのは今回が初めてのことだった。
狼狽もしたし、少しばかりの憤りを感じながらも、いずれ来るその時…に対して、心の準備をするよい機会が与えられたのかもしれない…とでも考えることにしようと今は思っている。



人間による自然破壊、旱魃や森林の伐採を起因とする食物不足によって、真っ先に死んでゆくのがアフリカのサバンナにおいては象であるという。

その象は一日に150kgもの植物を食べるが、実際に消化するのは非効率にもその半分程度で、そのお腹に消化されずに残された植物はやがて排出され小動物や昆虫の為の餌となり、またその中の木々や草花の種は、象の足によって100km、200km離れた大地のどこかで芽吹き、新たな命を育んでゆくのだという。

そして100年の時を生き切ることなく、その寿命の道半ばにして唐突に命を失ってしまった仲間に対して、彼らはその象牙だけを取り外して遠くの森にそれを隠し、人間と同じように何度もその場所を訪れるのだという…。


人は象のように奥ゆかしく生き、また象のように荘厳に死を受け入れられるだろうか…?

あと何年生きられるか判らないが、象のように奥ゆかしく生きてこれなかった僕は、いまわの際だけでも、せめて象のように荘厳で…心穏やかでありたいと思っている。



【【人気ブログランキングに登録しました…応援のクリック心から感謝致します】】

⇒⇒人気blogランキングへ

設定テーマ

関連テーマ 一覧

月別リンク

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(10件)

内 容 ニックネーム/日時
いや、スポナビのほうを見てビックリしてしまい、支離滅裂のコメントをしてしまいました。

 まず、最悪の結果でなくよかったですね。

 生と死とはやはり日常のなかでは「リアル」には感じ難いものですね・・。極限の状況になって初めて向き合えるテーマかと思います。

 「象のように死にたい」・・・象の墓場の話は私も寡聞ながら、聞き及んでいました。しかしながら、その死に荘厳さを見てしまうのは私はちょっと抵抗があります。

 近年の餌不足により、野生の象も「生きる」ために人里のゴミ捨て場にも出没し、餌をあさっていると聞きます。むしろ「生」への執着こそが生物としての本能であると思います。

 そこに「荘厳」さを求めることは私は違和感を感じてしまうのです。

 ちょっと、私の受け取り方が短絡的かもしれませんが。
HemRock
2007/10/03 10:58
毎日楽しく拝見させていただいております。 私のブログはまだまだですが頑張っておりますので気が向いた時にでも覗いてください ランキングクリックしておきました! http://rinobe.blog115.fc2.com/
世界一の不動産王
2007/10/03 17:06
初めてコメントしますが、途中まで読んでいてびっくりしました。最後は無事だということがわかって良かったです。いつもサッカーのブログの方を素人ながらとても感心をさせていただいています。死を身近に感じた経験はキリタニさんのこれからの人生を変えていくのではないでしょうか。感謝の念とか、プラスの方向に向いていくことを願っています。サッカーについての更新楽しみにしています。応援しています。
NOVA
2007/10/04 11:09
HemRockさんへ

>近年の餌不足により、野生の象も「生きる」ために人里のゴミ捨て場にも出没し、餌をあさっていると聞きます。

せっかくの良い話がブチ壊しじゃありませんか…^^;

僕は無宗教の人間ですが、人の死生観はそれぞれでどれが正しいとか間違っているとか言えるものではありませんね。ただ、今こうして幸せに同時代を生き、サッカーやその他の話題でこうしてあなたとコミュニケートできる事に感謝したいと思います。

コメントありがとうございました。

桐谷
2007/10/04 12:14
NOVAさんへ

ご心配をおかけしましたが、まったく平気なそうです^^
初めてのコメントということでとても嬉しく思います。いつも拙いブログにお付き合いいただいていたようで本当にありがとうございます。

『死ぬのかな?』という体験を通じて、時間って本当に大切だな…って改めて感じました。例え今すぐ死なないとしても、いずれにせよ時間は限られているのだし、残された時間を有意義に楽しく過ごしていかなければ…と改めて感じました。
サッカーを通して、またこのような場を通して、同時代に楽しい思い出や記憶を積み重ねてゆきたいものですね。
今後ともよろしくお願いします。コメントありがとうございました。
桐谷
2007/10/04 12:22
桐谷さん、はじめまして。スポナビの方をいつも楽しく見させてもらっています。身体が、なんともなさそうなので何よりでした。桐谷さんはすごいですね。死を感じた時に冷静に受け入れていて、後ろ向きに考えていないのですから。それと、鳥葬したいという辺りも変わっているというか、すごいなーと思いますよ。私が中学生くらいの時にテレビで鳥葬を見たんですけど、それはすごく衝撃的でカルチャーショックを受けました。とにかく、なんともなくて良かったです。これからもブログ楽しみにしています。
manic
2007/10/04 16:49
manicさんへ

スポナビの方をご愛顧いただいているという事で本当にありがとうございます。僕も魚さえ捌けない人間ですので“グロ”は苦手なのですが、鳥葬の映像は本当に身の凍る迫力がありますよネ…^^;もう少し行儀よく食ってくれないものか…と正直思いますが、まあ残さずに食べてくれれば文句は言うまいと思っています。

こちらでは“100法”以外にも日常生活の瑣末な出来事なども書き綴ってゆきたいと思いますので、今後ともよろしくお願いします。

温かいコメントありがとうございました。
manicさんも健康にはご留意くださいネ。
桐谷
2007/10/05 08:23
いやはや、ブログ開設一発目に、あんなコメント残してしまい申し訳なかったです。確かに、雰囲気ぶち壊しでした。

 (と謝っておきながら、「糞茶」の話に激しく興味を持った下世話な私・・・。その存在は知らなかった。)

 遅まきながら「ブログ開設おめでとうございます!」
 
 目前に生死を突きつけられた状況を経験していない私の生死観はどんなものだろう?宗教問題もかなり絡んでくる話ですね、異なる生死観を許容できるか否かは・・・。もちろん、私も「色んな考えがあって然るべし」というスタンスです。私の場合は、ただ単に「ノンポリ」なだけかも。

 >今こうして幸せに同時代を生き、サッカーやその他の話題でこうしてあなたとコミュニケートできる事に感謝したいと思います。

 こちらの方が感謝です。ぶしつけな話に付き合っていただき有難うございました。
HemRocK
2007/10/05 11:55
かなり遅くなりましたが・・・ブログ開局おめでとうございます。なんか大変だったんですね。とりあえず、何事も無くよかったです。

“象のように死にたい”と言うことですが、現代社会においては人間関係等でなかなか自分の理想の様に死ねないのが現状だと思います。しかし、“自分の生き方”は選択できるはずです。多分、桐谷様にとって今回の出来事は、逆にこれからの生き方を意識する良い機会だったのではないでしょうか。まだまだ死ぬような年ではないと思いますし、これからは生まれ変わったつもりで生きてみては?

それにしても桐谷様の才能にはつくづく驚かされました。“キリタニ100法”すばらしいですね。これで世の中の悪をキリまくってください。個人的には宗教法人の優遇税制を廃止してほしいと思っています(変な宗教が多すぎるので)。

ご活躍をお祈りしております。ただし、くれぐれもお身体は大切にしてくださいね。
ぴょん
2007/10/30 00:09
コメントに気がつかずレスが遅れてしまい失礼いたしました。命の危機からは脱しましたが、やはり病気は病気であつたようで、これからコツコツと健康を取り戻していきたいと思います。
そしていただいたありがたいコメントを支えに、拙いブログですが書き進めてゆきたいと思っております。ぴょんさんとこちらでも交友が持てる事をとても嬉しく思います。
“宗教法人課税”は僕の悲願でもありますので^^;いずれ触れる機会もあるかと思います。その時はまたお付き合いください。

ぴょんさんもお体を大切にお仕事がんばってください。サッカーの方もまたよろしく!
桐谷
2007/11/07 20:32

コメントする help

ニックネーム
本 文