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ニホン人は、優しくなければならない。 その優しさによって、自らと他者とを、相互に幸福な潤いのある関係へ導かねばならないし、またその環境を保たねばならない。 優しさとは、理解である。 優しさとは、自由の尊重である。 そして優しさとは、利己の放棄であり、 優しさとは、友好、平和への決意である。 そしてその優しさは、厳しく自らを律する心と表裏のものである。自らの欲求や幸福のために、他者の犠牲や苦痛を省みない身勝手を、自らに許さないという信念である。 この100法は、上記の原理に基づく、人と人、国民と国家、市民と法との約束である。 @ 一個の善良なる市民の小さな幸福と人権を守るために、百個の犯罪者の人権を排除することを厭わない。 国家、そして法の目的は、善良なる市民の自由と権利、法における平等の地平の上に築かれた幸福とその利益を守ることである。 その人権と生命権を脅かす圧迫や暴力、脅迫や差別をこの国から排除し、平和の礎の上に築かれる、幸福なる共存・共生の新たな実存的ユートピアの実現を目的とする。 A ニッポンはめまぐるしく変化する世界情勢において、国連(UN)の意志に順じない軍事的行動に加担しない。そして軍事的中立を永遠のものとして遵守するためにも、必要な軍事力については徹底したシビリアンコントロールの下にこれを保持する。 ニッポンは国際社会の平和と安定のため、紛争する国や民族の相互理解と和解のために主体的に努力し、世界平和への取組みに全力を尽くす。 〜追記〜 誤解されては困るのだが、これは市井に生きる一市民の、この国の現状に対する危惧であり、その未来に対する儚い“願い”である。 法理学についてはまったくのズブの素人であるし、その実現を企図するものでも、読者の扇動を促すものでも決して無いことをまずご理解ください。 なぜこのような企画で情報を発信してみたいと考えたかというと、僕自身の倫理観とこの国の実社会における現状との間に、著しい“隔たり”を感じているからです。 そしてそれは日々募り、増幅し、もはや修復不能なまでに“乖離”してしまっている。 ドロボウや犯罪者たちが“やったもん勝ち”の世の中。 この十数年、犯罪数が飛躍的に増えてきた中での著しい検挙率の低下と成人再犯率約50%(2003年調べ)を超える状況。しかもその再犯の中には、殺人や強姦などの凶悪犯罪を犯すものが約40%に至るという現実。 これで現行の刑法が国民の財産や生存権・生活権を守るために寄与していると言えるだろうか? 『美しい日本』でなくとも、『とてつもない日本』でなくとも、僕は国際社会におけるこの国と、すべてのニホン国民が無法者の暴力や脅迫から守られ、安全に生活してゆける当たり前の国ニッポン、そして優しいニホン人であって欲しいと心から切に願う。 至って無力ながらも、その為に“おかしい”と思うことを“おかしい”と…愚痴り、“かくあるべき”であると思うことを“かくあるべき”であると…小声でささやく場所が欲しかった…。 よって…2007年10月6日、ここに100の立案からなる【キリタニ100法】の草案を公開してゆくことを宣言いたします。 【人気ブログランキングに登録しました…応援のクリック心から感謝致します】 ⇒⇒人気blogランキングへ |
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桐谷 2007/10/06 13:49 |
「願い」っていうのがいいですね。確かに変だなと思っても、現実的に考えてしょうがないということは私も多いです。その理想、願いと現実の差はなんなんだって考えるんですけど、そんな問題の答えは見つからないよって思う自分がいるんですねー。 |
manic 2007/10/09 12:23 |
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