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help リーダーに追加 RSS 小沢一郎辞任騒動と日本の未来

<<   作成日時 : 2007/11/07 12:31   >>

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『辞任の撤回に前向きの動き…』

はじめて聞いた表現である…が、どうやら本日の記者会見で渦中の小沢一郎は続投への意思を表明する流れのようである。まったくこの騒動はいったいなんだったのか…せっかく巡ってきた政権交代の機運に自ら水を差す、幼稚で独りよがりな振る舞いだったように思う。

この人物が、その政策理念や政治的腕力に相応しい人間性と自制心を有していたならば、今のこの日本は、財政的にも国際的にもこのようなどん詰まりの状況を迎えずに済んでいただろう…。それを思うと本当に残念である。

正直に言ってしまえば、僕は自民党支持者でも民主党支持者でもない。
勿論、公明や共産などでも毛頭ない。
それが二大…なのか、脱政党…なのか分からないが、随時政権交代可能な均衡の取れた政治体制…すなわち現状で言えば、ただ盲目的に『政権交代』支持者である。

どんなにキレイな水であろうと、そこに流れがなければやがて腐ってしまう。その為には絶えることのない新しい流れと循環が不可欠なのではないだろうか。

『改革』を謳った小泉純一郎は、本当に改革せねばならぬところには手を触れず、本当に与えなければならなかった痛みを、その当事者ではなく広く庶民にバラ巻き負担させた。名ばかりの改革で“実”を放棄し、この国に巣食う本当に悪質な部分はキレイに温存させた。結局欺かれた者は国民だったのか…或いは彼、小泉純一郎そのものだったのか…僕には分からないが、この『改革偽装』によりこの国が背負った巨大な負の遺産は、後世必ず明らかにされてゆく事だろう。

『年金改革法案』を除けば、僕は民主党の基本政策は『子育て支援』も『農家への個別補償制度』も反対である。

けれどもそれ以上に、戦後60年続いたこの腐敗した政官業の癒着構造にメスを入れることの方が遥かに国民益に叶った合理的な挑戦であると思っている。そしてそれなくして、日本の再生・復興は絶対に有り得ないと考える。


『本当に変わらなければならないのは、政治ではなく国民である』

国民が変われば、政治は必ず変わるものと僕は信じている。
国民が変われば、日本は必ず変われるものと僕は信じている。

僕のような選挙民にとって『民主党』という選択は、他に選択肢の無い唯一無二の選択である。たとえ明日命を失おうと、消費税20%を突きつけられようとも、僕個人のその意志は変わらないだろう。増税論議は、行政の無駄遣いを徹底的に排して、財政再建に道筋をつける手段であるならば、一刻も早く議論すべき国家の主題であるべきだと思っている。ただしそれを、自民党自身がやってくれる…などというお気楽な妄想はもういい加減に捨てるべきだ。

そして自民とも必要な政策協議はどんどんやれば良いし、僕自身はそれが一時的に連立の形を取るとしても、マニフェストに反しない部分で強調してゆける部分はしてゆけばいいと考えている。ただし、大前提が“政権交代”であることに迷いがあってはならないし、そこに個人の見栄や意地という感情論が入り込む余地など1ミリたりとも存在しない。

僕自身はここで小沢一郎には身を引いてもらいたいと思うが、これを“恥”とし、それでもなお代表の座に踏みとどまるのであれば、ここで党員、選挙民に頭を下げ詫びて、次期総選挙の勝利を誓って欲しい。

そして今回裏で暗躍したメディア界の黒幕や、事の経緯については公の場でキッチリと説明すべきである。ここでそれを詳らかに明かす事こそが、国民、選挙民に対する、この期に及んで唯一可能な、たった一つの罪滅ぼしなのではないだろうか?


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