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鳥インフルエンザのパンデミック(感染爆発)が起こるか起こらないか…それは既に議論の余地などない。問題はいつ起こるか…そしてどれだけの被害に食い止められるのか…という事である。 先日のNHK特集を見て、このような見解に初めて触れられて驚いた方々もいることだろう。 20世紀初頭に流行した新型インフルエンザ“スペインかぜ”に感染した人間は当時の世界全人口の約50%である6億人。そのうち死に至った感染者は5000万人とも言われる。感染者の致死率はおよそ8%。全人類の約20人に1人が、この新型インフルエンザにより落命したとも言われている。 今回のこの鳥インフルエンザ(H5N1型ウイルス)は、これまでのところ致死率約60%〜80%。インドネシアに続き、先日中国においても人→人感染が確認され、いよいよ感染爆発へ向けての最終コーナーを回った段階と考えられる。WHOは最大で死者5億人(全人口の8%)と見積もっているようだが、この強毒性が保たれたままの状態で人→人の感染爆発に至れば、パニックと化した世界は二次的三次的な様々な混沌に見舞われ、阿鼻叫喚のカタストロフィをくぐらねばならないのかも知れない。 現在アメリカ国内では、感染爆発から半年掛かってやっと供給されるワクチンを誰から、どの世代から優先的に投与するのか?感染患者の生命線とも言える人口呼吸器を誰に与え誰に与えないのか?そして溢れ出る死者をどう葬るのか?『誰を生かし、そして誰を見殺しにするのか…?』の国民的な議論が巻き起こっているのだという。 そして既に『若者を救い、年配者を見捨てる』という優先順位のコンセンサスが、国民的議論を元に形勢されつつあるのだという。このようなアメリカ人の気質、リアリズムとヒューマニズムの均衡の取れた調和とその合理的価値観に、僕は感動すら覚える。 ひるがえって、今の日本はどうだろうか? “命の選別”という、神の領域に触れる究極の議論どころか、“その時”に対する認識、あるいはトリインフルエンザに対する予防や対処法等に関する知識ですら、国民の意識に充分に行き渡ってはいないのではないだろうか? 感染したら病院へ行けば医師に診断してもらえ、タミフルがもらえる…と思っている認識。病院が混んでいたら、薬局で市販薬を買えスーパーで滋養のある生鮮食材を買い込める…と思っている認識。どのような事態においても、電気や水道やガスなどのライフラインが保たれ、銀行に行けば現金が引き下ろせる…と思っている認識。そして金さえあればとりあえず物には不自由しないと思っている認識…。 “その時…”に至って、僕ら日本人ははじめて気づかされるのかも知れない。 自分が死にゆく者…なのかどうかはまだ分からない。が、悔しいのは、死にゆく者…の多くは、実はH5N1型ウイルス…ではなく、政治の無策、国家の無策、そしてそんな政治や国家たらしめている自らへの“無自覚”によって落命してしまうのだ…という現実である。 目下1リッター¥25の使い“道”に躍起になっている政府与党、そして官僚。差し迫った命や経済の危機…の問題には何ら実効的な対応もせずに、党利党略による税金の使い道にのみ血眼になっている…。 このシュール過ぎる“現実”と、一体僕らはどこまで付き合っていかなければならないのだろうか?その道の向こうに、一体彼らは何を見ているのだろうか? 【人気ブログランキングに登録しました…応援のクリック心から感謝致します】 ⇒⇒人気blogランキングへ |
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