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第6法 死刑廃止 献体法 死刑を廃止し、この国の刑法における極刑を“献体”と定める。 これは懲罰を目的とするものではなく、遺族、そして社会への償いと貢献を目的とする合理に基づく処置である。これにより当該者は判決後30日を経て法に定めるあらゆる人権を失い、その身柄をあらゆる法の拘束から解かれた“浄罪の塔”に封じられ、以後ここから生きて出する事はできない。公正な入札の元、公益に寄与する用途の中で、もっとも高い代価を支払ったものに、その身体と命は預けられる。 〜解説〜 被害者の死や痛みは、加害者のその死(処刑)を持って贖(あがな)われるものではない。 死刑…とはなんの為にあるのか? またその加害者の命を奪うことが、被害者やその遺族、そして社会に対して何をもたらすのか?ただ応報のために、無意味に殺してしまう現状の死刑制度は不合理・非効率である。その死を少しでも意味あるもの、合理的に被害者やその遺族、そして社会の未来に寄与するもの…に変えてゆくべきであると僕は考える。 その加害者の命の代価により被害者や遺族が、経済的にわずかでも救済されるものならば、またその代価により安全な社会基盤の整備に投資できるものならば、そして何よりも医学・薬学・免疫学・臓器移植学の分野の新たな発見や進展に寄与するものであれば、これらの命は、その合理の下で、善良なる市民の公益やその命の救済の為に役立てられるべきである。そしてまたこの合理に基づく“献体”による恐怖は、必ずや犯罪の抑止に寄与するものであると僕は予想する。 少なくとも死刑囚の名の下に毎年数百万円、時に終生で数千万円もの費用を費やしてその執行を拒み、後々の法相にたらい回ししているような現行の死刑制度は明らかに破綻している。であれば、その経費は被害者遺族や昨今夥しい数にのぼる被疑者未検挙の被害者遺族に対してあてられるべきではないだろうか。 僕がここで論じている事柄は、一個人の戯言とはいえ、明らかに現状の、世界の、“人権”意識に照らしてそれを逸脱したものであろうことは認識している。僕はこの100法を信念を持って語っているが、一方では現実社会におけるフィクションでしかない事もまた重々自覚しているし、この場で誰かを煽動する意志なども毛頭ない。 ただし僕は、“人権”とは他者のそれを“尊重”して、はじめて得られるべき“権利”であると思っている。他者のそれを踏みにじりツバをかけておいて、その上で主張することが許される“権利”ではない。 “義務”があって“権利”がある。 法においても、社会道徳や慣習、そして人と人とのちょっとしたふれあい、関わり合いの中においても、それは基本の条理でなければならない…と、僕は信じている。 たとえアムネスティや国連、人権派たちの“それ”が、どのような理念に基づき、そこで何が語られていたとしても…である。 憤怒、絶望、憎しみ、孤独、不理解、圧迫、脅迫、そしてゆるがせに出来なかった己の信念…。 本村洋さんが必死で戦い、そして貫いてきたこの9年間の闘争に、わずかな報いが訪れることを願わずにいられない。そして二度と戻らぬ弥生さんと夕夏ちゃんのご冥福を心から祈り、このような卑劣な出来事が現実に再び繰り返される事のないよう、刑法の更なる厳罰化、そして合理化を僕は望む。 【人気ブログランキング…いつも応援のクリック心から感謝致しております】 ⇒⇒人気blogランキングへ |
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キリタニ 2008/04/19 10:37 |
死刑は被害者・遺族が報われる訳でもなく犯罪の抑止になる訳でもないので、一体何のための制度なのかと思っています。 |
ゲンゴロウ 2008/05/17 00:38 |
ゲンゴロウさんへ |
桐谷 2008/05/19 18:53 |
また、 |
桐谷 2008/05/19 18:57 |
桐谷さん |
ミーコ 2008/05/21 03:28 |
さて、私がなぜ拒否感を持ったかと言うと、 |
ミーコ 2008/05/21 03:29 |
ミーコさん、はじめまして。 |
桐谷 2008/05/22 00:46 |
情と理のレトリックで非常に上手く表現していただきましたが、そんな思考は僕もよく理解できます。僕もどちらにも振り切れない優柔不断なニンゲンなのです。被害者への情…があるからこそ、加害者のその罪に対して情とは真逆の理によって向き合いたい…しかしその加害者自身に対する情…それ自体を全否定してしまえるほど、僕も強い人間ではないのかも知れない…。これを書きながら幾度と無くそんな思いに囚われたのも事実です。 |
桐谷 2008/05/22 00:47 |
ここであなたと出会えた幸運に感謝したいと思います。ある点で考えは違えど、僕はあなたのその意見と、その公平な眼差し、人間性にとても親しみを感じることができました。 |
桐谷 2008/05/22 00:49 |
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